【ラック】に関する知恵袋

【質問】
エホバの証人に質問です。『皆さん、次の大会は楽園でお会いしましょう!』後に統治体メンバーになった当時の日本のエホバの証人の総責任者で日本支部監督ロイド・バリー氏が、1972年の夏に東京競輪場(現東京ドーム)で行われた「エホバの証人の全国大会」の最終日に発言したセリフです。大会最終日、日曜日の午後のプログラムでロイド・バリー氏は少し沈黙して時間を開けてから、キャットフードを知りたいのであれば、おもむろに「ミナサンー・・・ツギィノォー、タイカイハ、・・・ラックエンデ・・・オアイ、ラックの知恵袋は、シマショウ」と発言しました。その瞬間、東京競輪場が揺れたのではないかと思うほどの大歓声が長時間続きました。ロイドバリー氏だけではなく、当時の地域監督、講演する兄弟達が次から次に『次の大会は楽園でお会いしましょう!キャットフードを説明すると、』1975年が過ぎ去るまで連呼したのです。当時のクリスチャンはみんなこのセリフを聞いたのですが後になって『この年については断言していない』という組織のコメントをエホバの証人はなぜ否定しないのですか?ラックの知恵袋の理解が深まったらなら幸いです。
【解答】
その年を境にお会いしましょうを言わなくなったこと自体、75を強調してたってバレバレなのに、そんなアホな組織にしがみついて信じてるんだもんね。気の毒~MCって恐い・・ jaian88_88さんが言ってるように、信仰が壊れるのが怖いんでしょね。信じていたいんだろう、キャットフードなら、自分は幸せだと思い込みたいんじゃないかな。@@@@@間近な将来に最高潮を迎える出来事が来ることは確かなことです。なぜならこの古い体制の完全な終わりが近づいているからです。「「「どんなに長くとも数年以内に」」」」」この「終わりの日」に関係する聖書の預言は成就されるでしょう。そして生き残る人類はキリストの栄光に満ちた千年統治の中で解放されるのです。何と困難な、しかし同時に何と壮大な日々が間近に迫っていることでしょう! (ものみの塔1968年5月1日272頁)@@@@1974年の「王国宣教」ではこの終末感は絶頂に達する。 家や資産を売って、開拓奉仕をしてこの古い体制における自分たちの残りの日々を過ごそうとする兄弟たちのことをよく耳にしますが、確かにそれは、邪悪な世が終わる前に残された短い時間を過ごす優れた方法です。(王国宣教1974年6月3頁)1974年のある日、レイ夫婦を部屋に訪れた叔父のフランズ副会長に対して、レイの妻シンシアはレイが他の兄弟の過熱気味の1975年に対する興奮状態を静めるような講演をしたことを話したが、副会長はレイに対して「皆が興奮して何がいけないのかね?これは興奮すべきことだよ」と言った。レイは彼の叔父が心底からこの自分の作り上げた教義を信じて疑っていないことを知るのだった。1975年の夏には、副会長は「君、これは1914年とよく似ているよ。あの年も夏までは全てが安泰だった。キャットフードについて説明すると、ラックの知恵袋に対する見解は、ところが秋が来て事態が急変して戦争が始まったじゃないか」とも語っている。彼は、1914年の預言をほぼあきらめかけていた第一代会長ラッセルの心境を自分の心境と重ね合わせているのだった。ラックの知恵袋に考察を加えると、1975年の初めにかけて、副会長は会長とともに世界中を巡ってこの1975年の教義を中心にして講演してまわった。これは更に熱狂的な歓迎を受けた。この世界的な過熱状態は、さすがに統治体の内部にも少数ながら、懸念の声を上げさせざるを得なかった。しかし、これも特別な方針の変換をもたらす議論には至らなかった。http://www.jwic.info/franzbio.htm#12組織中枢の責任は重大です。
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